中田智子の考案したプラスムーブ誕生秘話

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  • 17.10.15コラム

プラスムーブ誕生秘話

第一回「プラスムーブ誕生秘話」

ぽっこりお腹はもちろん!
全身同時に歪みを自力自動矯正し、あなたのお悩みを根本解決
足底から重心を整えて自分治しのプロになる!

どん底から這い上がった私が編み出した世の中に全くない「変な?エクササイズのお話」をしています。

私や受講生の経験から「変な話」をしますので、判断は「おまかせ」です。
人生大変身のチャンスとなるかも!

日本姿勢予防医学協会 代表理事
プラスムーブ考案者 中田智子です。

第一回「プラスムーブ誕生秘話」

悩みの原因は悪い姿勢

健康・ダイエット・美容・メンタル・老化のお悩みの根本原因は悪い姿勢です。
悪い姿勢とはただ見た目で猫背やO脚とかということではありません。

筋肉に一カ所でも悪い癖がつくと、代償動作が起こり、負の連鎖によりあちこち歪み、姿勢が悪くなります。


そして、全身のあちこち、目に見えていない所にも筋肉に悪い癖がついてしまいます。

残念ながら、痛い箇所を部分的に矯正しても良くなりません。
そこで、悪い癖の付いた筋肉を全身同時に自力で自動矯正し、正しい姿勢になる方法を考案しました。


何故生まれたのか、誕生秘話を自己紹介と共にお伝えします。

プラスムーブ誕生秘話

私は小学生四年生の時に首が回らなくなり接骨医で「ボキボキ」と施術し、その後子供なのに鍼灸を頻繁にして頂いた経験があります。
この頃からすでに筋肉に悪い癖があり、重心が中心にない子供だったのでしょうね


肩こりがひどく、写真は顔が傾げていて、見た目も姿勢の悪い子でした。
この理由は43歳くらいになってやっとわかりました。
理由は後ほど


23歳の時にメニエール症候群になり、耳鼻咽喉科でメイロン50という太い注射を一日おきに打っていました。
途中からメイロン30に変わりましたが、妊娠をしたら教えてと言われていました。


一年半投与し続けてメニエール症候群は少しましになったのですが、30代の頃は頻尿で歯ぎしりがひどく、めまいだけでなく動悸まで起こり、外出するのも不安になっていました。


歯の噛み合わせが悪いのかと口腔外科で診ていただきましたが、根本解決にはならず体温も低く、頻繁にインフルエンザやウイルス性腸炎にかかり高熱を出していました。

どこで診てもらったらよいのかも分からず途方にくれていて辿り着いたのは心療内科でした。

そして自律神経失調症との診断で安定剤を服用


その後、福岡に転勤
私は一人っ子で母が心筋梗塞で心臓が悪かったので、とても心配でした。
なので、早く大阪に返して欲しかった。

転勤して2年が経った頃、長男が中学3年で受験生、二男が小6の時、大阪への転勤希望が通り、高校受験を兵庫県でできる事になり良かったのですが、正にこの時私はどん底の状態でした。

福岡に転勤し1年が経った頃、少し元気になっていたので、パートでテレフォンアポインターをしました。
それが原因で首が激痛で鍼灸に2日おきに通うほど悪化。同時に自律神経失調症も悪化し、我慢できなくなり、整形外科で診て頂くと3番と4番の頸椎椎間板ヘルニアと診断されました。


その時言われたのは「むちうちは4番5番が多くてあなたはそれより重症だ!」と・・
そして直ぐに「不安神経症」を合併してしまいました。
県外から受験が大変だという時に私は自分をコントロールできない病気になり苦しみました。

死にたいと思うほど苦しんでいた

この時、整形外科での牽引治療・赤外線治療・鍼灸治療等一切受付けなくなってしまいました。
治療を受けると不安神経症の発作が起こり、動悸、めまい、不安感など不定愁訴が押し寄せました。


筋肉に力が入らず、料理する時の包丁も持ちにくくなり、歩行も困難となりました。


夕飯を作ろうと冷蔵庫を開けても買い物に行っても、頭で何も考えがまとめられず呆然としていました。
信号の色も分からない状態でした。
自分の意志で思考できない状態でした。

そして睡眠薬も効かず眠れない地獄との闘いでした。
眠れそうな事は色々なことを試してみました。


不安神経症のお薬も飲めば余計に不調になるので、相談すると、お薬を半分にするなど調整するように言われました。
やっていくうちに粉々になり、これを飲む意味があるのか?と疑問に思い始めました。
整形外科や心療内科での他力による治療法を一切受付けなくなり自分で何とかするしかなくなりました。
これがどれほどショックだったか!!
今まで効いていた治療法に見放されたのですから・・

死にたいと思うほど苦しんでいた

その時支えてくれたのは家族。
特に小6だった次男!
いつも散歩に付き添ってくれました。

散歩やストレッチを始めましたが、自己流だったせいか体調は3歩進んでは2歩下がる状態
努力しているのに急に悪化して2歩下がる!!


登っては突き落とされ、答えが見えなくて、あまりに辛すぎて

「死にたい!!」と思いました。

どんな力で突き落とされるかというと、正常というラインに手が届く瞬間に自然界の突風に突き落とされるイメージでした。

でも諦めませんでした!

花を植えて土を触ったり、太陽の光を浴びたり、お笑い番組を見て笑ったり、散歩と自己流ストレッチを繰り返し
セルフお灸やアイシングもやりました。


何度も這い上がり・・・

ついに

突風が吹かずやっと正常というラインの上に手が届いた、、


その時

死から蘇った感覚!やっと生き返ることが出来たと強く思いました。

「今までの生き方を後悔し、いつ死んでも悔いのないようにやりたいことを絶対にやるぞ!!自分のために生きる一番やりたいことを絶対にする」
と決意したのでした。

自分のために生きるとは自己中に生きる意味ではなく、自分のやりたい事を貫くという意味で
そうすることで、もっと家族も周りの人も大事にできると思ったのでした。

この後大阪に戻り、長男も高校に進学し、一番やりたかった事、ヒップホップを始めました。

ところが、すぐに故障。
診察の結果、私は先天的に臼蓋形成不全で左右は43度が正常なところ15度30度と異常があり、骨盤が亜脱臼、更に膝も亜脱臼で、ストレートネックだということを知りました。

幼少時に尾骨の強打しているのではないかと言われました。
それが原因で身体がねじれて歪んでいることを、初めて知ったのが43歳くらいだったと思います。

これが最初お話しした子供の頃から姿勢が悪かった原因です。
どん底になった原因が先天的な理由や尾骨の強打!そして筋肉に付いた悪い癖が影響していると、この時わかりました。

死ぬまで治らない!?

完治するのに40~50年かかると言われショックを受けました。

悔しくて、悔しくて、自分で何とかしてやろうと決心しました。

ヒップホップの基礎のアイソレーションという動きは身体の軸を止めるので、歪みを直すヒントになるのではないかと思い「絶対に治してやる」と鏡に向かって叫び、研究し始めました。


そしてプラスムーブの応用編を編み出しました。

少しずつ楽になっていき、同時にダンスも上達し、2007年世界陸上のオープニングダンサー(300人)として選ばれるほどになりました。

ターニングポイント

こんな私にダンスを教えてほしいという人が現われました。

効率良く正確に軸筋肉を作る応用編の独自メソッドを教えましたが、教えた方が反り腰だったことでエクササイズが進化する、きっかけとなりました。

そして、正しい姿勢を維持する筋肉をより簡単に作る方法が必要だと、さらに向き合うことになりました。

遂に発見

歪んだ人でも壁と床を使い、簡単に良い姿勢を形状記憶することで、自律神経の伝達が良くなり、体質改善でき、健康になれる方法を編み出しました。


そのことは健康だけでなくダイエット、美容、メンタル、老化にもつながることを発見しました。

ちょうどその頃、『元気になる方法をお前に託すから、苦しんでいる多くの人に伝えなさい』と告げられる夢を見ました。


目覚めた瞬間、プラスムーブという名前が閃きました。

この年亡くなった母からのメッセージだったのかなぁ・・。

私のように辛い想いをして欲しくない

地元の大阪でレッスンを始めましたが、このやり方では多くの人に伝えられないなぁと痛感していました。

自分の筋肉に向き合うことが一番の近道だと気が付いたからには

一人でも多くの方に伝える事が使命だと思いました。

そのためにパソコンを触ったことがない状態の私は2009年9月よりブログを始めました。
そしてブログにエクササイズを全部公開しました。

読者の方から「ブログのエクササイズを見て、効果が出た。」とメッセージをもらうようになりました。


そして「教えて欲しい!」というお声をいただき東京だけでなく、広島や金沢や名古屋、福岡と受講希望のお声をいただきレッスンやセミナーを開催しました。

その方々の中に何人か弟子になりたいと言う方が現れました。
とても嬉しかったです。

でも、「無責任に弟子なんて無理!」と思いつつも無下にお断りするのも悪いなぁ、いい加減な形で伝えるわけにはいかないと思い悩みました。

2004年から治す力の引き出し方を伝える活動は始まりましたが、自分で編み出した方法なので常に進化に進化を重ねています。